私は宇宙人が恐い。
そう言うとなぜだか可笑しい。
私は宇宙人がいると思うではなくて、
在るかもわからないものに恐怖の念を抱いている。
しかし、そうゆうことはきっとあるはずだ。
幼いころに絵本で恐がっていたお化け、
なぜだかよくある学校の七不思議、
わけもわからないホラー映画のワンシーン。
どこかで私たちは見えないものを怖れている。
ところで、私が宇宙人が怖いのはただ見えないからではない。
まず、宇宙人の姿や形、生活習慣や文化の違いである。
地球上、人間は学習し思考するのに最も適した形といえる。
情報を認識し処理する脳、物を使い情報を入力するための腕、
移動に適した二足歩行の足、情報を伝えるための口など、
様々なものが挙げられる。
しかし、宇宙人は果たして私たちの常識の範囲内に留まっているだろうか。
生活習慣にしてもそうだ。
宇宙人は我々と同じ食べるという行為をするのだろうか。
多細胞生物ではなくて、単細胞生物なのではないだろうか。
そもそも、生き物と定義していいものだろうか。
宇宙人に誘拐された人が言っていた話だが、
「宇宙人は私たちの住む次元とは違う世界にいて、
人間は宇宙人を認識できない」と宇宙人が言ったという。
それを聞いて私は衝撃を受けたのを覚えている。
もし、その話を真実だと仮定すると、宇宙人は次元が違うために、
思考をいくらしても届かない存在なのではないか。
ただ、なぜ宇宙人に誘拐された人間が、
他の次元の言葉を理解したのかいまだに謎だ。
普通に考えて理解できるものではない。
それ以外にも、ヨーロッパがアメリカのインディアンを追い出して植民地にしたように、
人間もいつか宇宙人に侵略されないかどうかなども怖い。
宇宙人から見たら、任がんは実に愚かだと思われるからだ。
しかし、宇宙人がいなかったら、いなかったで、それも恐ろしい。
人間以外に宇宙に生命体が無かったら、私たちは地球に住めなくなったら、
どこも行く事が出来なくなってしまう。
それに、宇宙人がいないということは、
この宇宙が人間のために都合のいいことになっているという事だ。
それは裏を返せば、この世界が人間という生命体のために
造られた虚像の鳥かごでしかないということだ。
ある小説で「この世界は創造主に造られている世界」や、
「この世界はゲームのフィールドでしかなく、私たちの今はデータだ」
というのがあるが、それらの可能性を疑わざる終えなくなってしまうだろうからだ。
- 2008/02/20(水) 03:51:45|
- 未分類
-
| トラックバック:0
-
| コメント:1